昨日の「信濃毎日新聞」のなかで、ある詩人が、「わずかなことでも詩は書けるが、小説はそうは行かない、小説は時間の規制を受けるからだ」、そういった趣旨のことを言っていました。なるほど、と思う一方、「本当にそうだろうか?」との疑問を抱きもしました。
で、朝の散歩、彷徨。それとも短い逃亡? はたまた短い家出?





朝の光が梢を縫って射し入り、露に濡れた下草が煌めいている。または、宵が夜へと移り、鳥たちも眠りに就いた静寂のなか、街灯の朧な光が、山間の夜の暗昧を際立たせている。それだけのことから音楽が生まれ得るように、言葉による何か、文字でありながら声であるような何か、そういったものが生まれることもあるのではないか。それは詩歌でもなく、小説でもない、何か言葉による音楽のようなもの。
朝から何を考えているんだか。草刈り、草刈り、……。
[今日の本]
池内紀 『出ふるさと記』(2008)
[今日の音楽]
マーヴィン・ゲイ 『ホワッツ・ゴーイング・オン』(1971)
2008/06/21 17:29
朝の散歩からは詩が湧き出でて、
夜の彷徨からは妄想が生まれる。
「臆病な自尊心と、尊大な羞恥心」とをふとらせて、ただ満月に吠えるだけのけものをいかに見つけ出して退治するか。
夜の散歩にはご注意を!
2008/06/21 20:30
To 再太(リフトル)さん
こんばんは。
>朝の散歩からは詩が湧き出でて、
>夜の彷徨からは妄想が生まれる。
更に欲を言えば、それがひとつの渾然としたものになればなあ、と。しかし何分力が伴っておりませんので、行きつ戻りつ、右往左往、試行錯誤。できたものを読み返してみれば、「あ〜あ」。
>「臆病な自尊心と、尊大な羞恥心」とをふとらせて、ただ満月に吠えるだけのけものをいかに見つけ出して退治するか。
重要な示唆で、気に留めておかなくてはいけませんね。吠えるだけなら誰でもできますし、気を緩めれば、誰でもつい吠えてしまいたくなるものでしょうから。
>夜の散歩にはご注意を!
ふふ、月を見れば吠えたくもなるもの、ということもありますしね。


by yaginuma
霖雨に濡れる古の声